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京都地方裁判所 昭和61年(ワ)1561号 判決 1990年6月07日

第一事件、第二事件原告 小泉あや 外三名

右四名訴訟代理人弁護士 坂本正寿

第一事件原告四名訴訟代理人弁護士 谷本俊一

右第一事件原告四名訴訟代理人坂本正寿訴訟復代理人兼第二事件原告四名訴訟代理人弁護士 森田雅之

亡藤林重高承継人第一事件被告 藤林一朗

第二事件被告 永井啓之 外三名

第一事件被告及び第二事件被告ら訴訟代理人弁護士 森恕

同 鶴田正信

主文

一  第一事件被告及び第二事件被告らは、連帯して、第一、第二事件原告小泉あやに対して金一五〇〇万円、その余の第一、第二事件原告ら三名各自に対し、各金五〇〇万円、並びに右各金員に対する昭和六二年三月二六日以降完済までいずれも年五分の割合による金員を付加して支払え。

二  第一、第二事件原告らのその余の各請求を棄却する。

三  訴訟費用は二分し、その一を第一、第二事件原告ら四名の負担とし、その余を第一事件被告及び第二事件被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  第一事件被告(以下「被告藤林」という。)、第二事件被告永井啓之、同大西隆夫、同山形勝彦、同藤谷悟(以下それぞれ「被告永井」、「被告大西」、「被告山形」、「被告藤谷」と略称する。)は、連帯して、第一事件、第二事件原告小泉あや(以下「原告あや」という。)に対し金三〇〇〇万円、同小泉嘉通(以下「原告嘉通」という。)、同高橋純子(以下「原告高橋」という。)、同谷口倶子(以下「原告谷口」という。)各自に対し、それぞれ金一〇〇〇万円並びに右各金員に対する昭和六〇年九月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告あやは、訴外亡小泉恒雄(以下「恒雄」という。)の妻、その余の原告らは、恒雄の子であって、原告らは、恒雄の法定相続人である。

恒雄は、昭和六〇年一月二二日死亡した。

(二) 訴外(承継前第一事件被告)藤林重高(以下「重高」という。)は、昭和六〇年七月二九日当時及び昭和六一年五月三一日当時訴外株式会社ヤマトマネキン(以下「訴外ヤマトマネキン」という。)の代表取締役であったところ、昭和六二年一一月二三日死亡し、被告藤林が相続により重高の権利義務一切を承継した。

その余の被告らは、昭和六〇年七月二九日及び昭和六一年五月三一日当時訴外会社の取締役であった。

2  退職慰労金

(一) 訴外会社は、マネキン人形、陳列用器具、人体模型その他各種模型、標本類の製作、加工並びに販売等を目的とする会社であり、昭和二四年一〇月七日設立された。

恒雄は、昭和三五年取締役に就任した後、経理部長、総務部長、営業部長を歴任し、会社業務全般にわたって功績をあげ、昭和四五年常務取締役に就任し、昭和四八年ころからは実質的に社長の役割を果し、代表者として業務に従事し、昭和五二年代表取締役社長に就任して、昭和六〇年一月二二日死亡退職に至るまで代表取締役の地位にあって訴外会社の発展に寄与した。

(二) 恒雄の死亡退職後の昭和六〇年七月二九日、訴外会社の第三七回定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)において、「恒雄に対して、その在任中の功労に報いるため退職慰労金を支給する、その金額、時期、方法等については取締役に一任する」旨の決議(以下「本件株主総会の決議」という。)がなされた。

(三) 原告らは、恒雄の相続人であるから、本件株主総会の決議により、訴外会社の取締役会において決定される社会通念上相当な金額の退職慰労金の支給を受ける権利を、各法定相続分に応じて取得した。

3  重高及び被告永井、同大西、同山形、同藤谷(以下右被告四名を「被告永井ら四名」ともいう。)の商法二六六条の三、民法七〇九条、七一九条による責任

(一) 重高及び被告永井ら四名は、訴外会社の取締役として、忠実義務ないし善管注意義務に従って、本件株主総会の決議を受けて、すみやかに、少くとも同決議後一か月後には、取締役会を開催し、恒雄に対する適正な退職慰労金(以下「本件退職慰労金」という。)の金額、時期、支給方法等を決定すべき義務があるのにかかわらず、昭和六一年五月三一日に至るまで放置し、かつ、右同日開催の取締役会において、後記のとおり、本件退職慰労金の金額を不当に低額に決定したうえ、その支給に関して不法、不当な条件を設定し、現在に至るまで何らの支給をせず、恒雄の相続人として相当の退職慰労金を受けるべき原告らの権利を侵害している。

(二) 本件退職慰労金についての取締役会の決議

(1)  重高及び被告永井ら四名は、昭和六一年五月三一日訴外会社の取締役会(以下「本件取締役会」という。)を開催し、同取締役会において、

「恒雄に対して贈呈する退職慰労金の額は、金三〇〇〇万円とする。但し、その支給については、左記<1>、<2>の諸問題の処理を要求し、その解決を条件とする。

<1> 恒雄死亡に伴う同人所有株式買取の件

<2> 恒雄と原告嘉通が相謀り取締役会の承認を得ないで違法不正に行った次の各件

<ア> 原告嘉通が代表者であり訴外会社の競合会社である株式会社マインド・ヤマト(以下「マインド・ヤマト」という。)に対する金五億円の貸付金の件

<イ>マインド・ヤマトに対し、毎月金七二万五四〇七円の支払を行っている件

<ウ> 有限会社ヤマト厚生社(以下「(有)ヤマト厚生社」と表示する。)が所有する訴外会社の株式を社外に流出させた件

<エ> 株式会社エディッツ(以下「エディッツ」という。)に対する金六〇〇万円貸付金の件

<オ> (有)ヤマト厚生社に対する金五〇〇万円貸付金の件」

旨決議した。(以下、右決議を「本件取締役会の決議」といい、また、右決議内容中の諸問題<1>及び<2>の<ア>ないし<オ>の各件を、「本件諸問題<1>の件」、「本件諸問題<2>の<ア>の件」、「本件諸問題<2>の<イ>の件」…のように表示する。)

(2)  退職慰労金額

<一> 株主総会の決議によって退職慰労金の金額が取締役会に一任された場合、取締役会は、一定の支給基準、すなわち、会社の経歴、業種、規模、資産状況、退職役員の勤続年数、担当業務、功績の度合、従前の退職役員に対する支給事例、慣行、他社との比較権衡等から割り出した一定の基準に従って合理的に算定すべき業務がある。

<二> ところで、恒雄が訴外会社の取締役に就任以来死亡退職するまでの勤続年数、担当業務等は前記のとおりである。また、訴外会社は、昭和三五年当時、支店はなく、営業所が六か所、従業員数約三〇ないし四〇人であったのが、現在では、東京と大阪に支店を持ち、営業所は二一か所に増え、従業員数は四七〇ないし四八〇人を数えるに至っている。そして、恒雄が、前記のとおり、取締役に就任後死亡退職するまでの間、訴外会社は発展の一途を辿り、昭和六〇年度決算においては、資本金二億円に対し純資産は約三三億円にも及ぶ優良企業に成長している。

<三> 訴外会社の他の取締役の経歴と退職慰労金は、次のとおりである。

イ 出島淳男 金一〇〇〇万円

昭和五二年取締役就任

昭和五八年退職

右在任期間六年

ロ 藤林重治 金二〇〇〇万円

昭和三五年ころ取締役就任

〃 四五年常務取締役就任

〃 五八年退職

右在任期間約二三年、内常務一三年

ハ 藤林重高 金九〇〇〇万円

昭和二四年代表取締役社長就任

〃 四八年病気

〃 五二年代表取締役会長就任

〃 六〇年代表取締役社長就任

〃 六二年死亡退職

右在職期間三八年

<四> 右<二>、<三>の事実をもとに前記支給基準に従って合理的に算定される恒雄の退職慰労金の額は、金六〇〇〇万円を下らない。

<五> ところが、本件取締役会の決議は、役員間で生じた内紛の一方の当事者である原告嘉通に不利益を与えるため、前記支給基準を無視して殊更低く定めたものであって、不法、不当である。

(3)  退職慰労金の支給条件

<一> 本件取締役会の決議が、恒雄の退職慰労金の支給につき、本件諸問題<1>、<2>の各件の処理解決をその条件としたことも、以下述べるとおり、理由がなく、不法、不当である。

<二> 本件諸問題<1>の件について

恒雄が所有していた訴外会社の株式は、同人の死亡により原告嘉通が相続したが、訴外会社の取締役は、この株式を買い取ることを要求し、これに応じなければ退職慰労金を払わないとしている。

しかし、同原告がその所有する株式を売却するしないは、全く自由である(被告ら主張の如き訴外会社の内規とか黙示的契約は存在しない。)のに、右買取を条件にするのは、不法である。

<三> 本件諸問題<2>の<ア>の件について

<1> マインド・ヤマトは、訴外会社の競合会社ではなく、むしろ、同会社の有するマネキン製造技術を結婚式場に利用することにより同会社の業務を拡大するために、昭和五九年当時同会社の常務取締役であった原告嘉通の発案で設立されたものである。そして、マインド・ヤマトの取引先として、結婚式場の平安閣チェーンが選ばれた。原告嘉通は、訴外株式会社協和総合開発研究所(以下「協和」と略称する。)の代表取締役で平安閣チェーンのコンサルタントをしていた伊藤寿永光から、平安閣チェーンの中で資金援助により発展するところがあること、そのためには五億円程度必要であると聞かされ、こういうところに投資することは訴外会社の業務拡大、受注に資すると考え、当時の同会社社長であった恒雄と相談のうえ、同会社所有の不動産を担保に大和銀行から五億円を借り入れて右投資をすることにした。

訴外会社は、大和銀行から右五億円を利息年六・八パーセントで借り入れることにしたが、当初は、右金利に一パーセント利率を上積みして協和に右五億円を貸付け、そこからいくつかの平安閣チェーンに融資する計画であったが、前記業務拡大計画を推進するため設立することになっていたマインド・ヤマトの設立当初の運営経費を捻出するため、原告嘉通は、協和の支払う利息を上積みしてもらって、この上積み利息分をマインド・ヤマトの運営資金にあてるべく、前記伊藤と交渉し、その結果、訴外会社は当初の約束どおり年七・八パーセントでマインド・ヤマトに貸付け、マインド・ヤマトは同利率にいくらかの利率を上積みして協和に貸付けることで協議が整った。

こうして金五億円が、大和銀行から訴外会社へ、同会社からマインド・ヤマトへ、マインド・ヤマトから協和へ、協和から平安閣チェーンへと順次貸付けられた。なお、マインド・ヤマトは、昭和五九年四月九日当時、すでに発起人組合が成立し、定款も作成されていたのであるから、設立中の会社としては成立していたのである。

そして、右貸付の返済のため、平安閣チェーンから協和へ約束手形が振出され、その手形に、右貸付の流れとは逆に、協和、マインド・ヤマトが各々裏書して交付された。ところが、マインド・ヤマトが協和から裏書交付を受けた右手形は、マインド・ヤマトが訴外会社に返済するべき金額と、マインド・ヤマトが利息として取得する金額とに分けて交付を受けることになっていたのが、その合計額が額面となっていたため、マインド・ヤマトがそのまま訴外会社に当該手形を交付すると、右利息分だけ過払いになる計算となった。そこで、事務手続が煩瑣になるのを避けるため、原告嘉通と恒雄とが協議し、該手形をそのまま訴外会社に交付し、精算のため右過払分を、同会社から三四回(一回分の金額が金七二万五四〇七円)の分割で銀行払込みによりマインド・ヤマトに返還することとしたのである。

<2> 右金五億円の貸付金は、訴外会社に全額返済されており、それまでの間、訴外会社は、マインド・ヤマトから、前記大和銀行の訴外会社に対する貸付利息六・八パーセントと、訴外会社のマインド・ヤマトに対する貸付利息七・八パーセントとの利息差益一パーセントの利益を得ている。また、前記のとおり、訴外会社は、当初協和に利率年七・八パーセントで右金五億円を貸与することになっていたところ、マインド・ヤマトが同利率で借り受けたものであるから、マインド・ヤマトの介在によって訴外会社に損害が生じたわけでもない。

<3> 右のように、金五億円の貸付金の件については、すでに解決されているもので、これを本件退職慰労金支給条件とするのは不法、不当である。

<四> 本件諸問題<2>の<イ>の件について

右<三>で述べたとおり、訴外会社からマインド・ヤマトへの毎月金七二万五四〇七円の返済は、訴外会社の不当利得となった同金員の返済を、マインド・ヤマトが受けていたもので、マインド・ヤマトの当然の権利である。

<五> 本件諸問題<2>の<ウ>の件について

<1> (有)ヤマト厚生社が所有する訴外会社の株式を第三者に譲渡することは、所定の手続を経れば何ら問題はなく、すでに右手続を経て譲渡されている。

<2> 該株式譲渡は、訴外会社役員の相続税対策のためになされたものであり、むしろ同会社役員の意向にも沿っていたものである。それ故、訴外会社は、従来(有)ヤマト厚生社から訴外会社の株式を譲り受けた者を、株主名簿への登載、利益配当、株主総会の招集通知等でも株主として扱っており、右株式譲渡につき訴外会社は承認していたというべきである。

したがって、退職慰労金支給という段階でその株式譲渡を問題とし、その条件とするのは、恣意的で、不法、不当である。

<六> 本件諸問題<2>の<エ>、<オ>の件について

右<エ>、<オ>の各貸付は、いずれも訴外会社の受注獲得のために、代表取締役の決済を得てなしたものであり、当時の経営判断として何ら不当な支出ではない。

右の各貸付につき回収ということを問題としているのであれば、訴外会社の現執行部が回収すべき筋合のものであり、これを死亡した代表取締役恒雄の相続人たる原告らに求めるのは、不可能を強いるものであり、また、本件退職慰労金の金額、支給方法等の決定に関係がない。

(三) 右(一)、(二)記載のとおり、本件株主総会の決議にも拘らず、重高及び被告永井ら四名が、本件退職慰労金の金額、支払時期、支払方法等についての取締役会での決定を昭和六一年五月三一日まで放置し、かつ本件取締役会において、右金額を不当に低額に決定したうえ、その支給に関して不法、不当な条件を設定して現在に至るまで恒雄の相続人たる原告らにその支給をしない。重高及び被告永井ら四名の右不作為は、悪意または重大な過失による任務懈怠及び不法行為に該当するから、重高の相続人たる被告藤林及び被告永井ら四名は、商法二六六条の三、民法七〇九条、七一九条に基づき右行為により原告らの蒙った損害を賠償すべき責任がある。

4  前記のとおり、恒雄の受けるべき退職慰労金の額は、金六〇〇〇万円を下ることはないのであるから、原告らは、少くとも右金額相当額を各法定相続分に応じて支給されるべき権利を侵害され、各同額の損害を蒙っている。

5  よって、原告らは、被告らに対し、連帯して、原告らに相続分に応じた請求の趣旨記載の各金額及びこれらに対する履行期後である昭和六〇年九月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をなすよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)の事実中、恒雄が経理部長になったことを除き、原告ら主張の役職に就任したこと、訴外会社の目的、設立時に関する事実は認める。恒雄の取締役就任期間は、昭和三五年九月から昭和六〇年一月までである。

同(二)の事実中、本件株主総会が主張の日時に開催され、同総会において、恒雄に関する退職慰労金の支給に関し決議がなされたことは認めるが、同決議が無条件であったことは否認する。

同(三)のうち、原告らの具体的相続分は不知。

3  同3の(一)のうち、訴外会社が原告らに対して恒雄の退職慰労金を支払っていないことは認めるが、その余は争う。

同(二)のうち(1) の事実は認める。

同(2) のうち、<一>は争い、<三>のうち出島淳男及び重高の各退職慰労金額は認め、<四>、<五>は、否認し、争う。

同(3) は否認し、争う。

4  同4は否認し、争う。

5  同5は争う。

6  被告らの主張

(一) 本件株主総会においては、恒雄の退職慰労金に関して、恒雄が生前原告嘉通と共謀し、取締役会の承認を得ないで金五億円の不正融資をし、その融資先から担保も取り得ていないこと、また、訴外会社の社員以外のところへ同社の株式を不正に譲渡したこと、その他の不正行為をなしていたため、その責任を追及し、それを勘案して取締役会でその支給金額、支給時期、支給方法等を決定するよう条件付で一任する決議がなされた。

(二) 恒雄及び原告嘉通の不正行為の内容は、後記(三)のとおりであり、訴外会社は、右不正行為の責任者の一人であり恒雄の相続人の一人である原告嘉通に対し、一貫して右不正行為に関する諸問題の解決を求めてきたのであるが、同原告の誠意ある対応が得られないまま日時が経過し、結局、昭和六一年五月三一日開催の本件取締役会において、本件取締役会の決議がなされ、同決議のなされた事実は、訴外会社から原告あやに通知された。

本件株主総会の決議の趣旨を考慮すれば、検討に本件取締役会の開催時までの時間を要するのは当然であり、また、本件取締役会の決議は、本件株主総会の決議の趣旨に従い、本件退職慰労金の支給金額を、訴外会社における過去の退任取締役に対する退職慰労金額支給事例を参考にして金三〇〇〇万円とし、支給時期、方法について、前記不正行為に関る諸問題の解決を条件とし、もって本件株主総会の決議を具体化させたものであって、重高及び被告永井ら四名の各取締役には、何ら訴外会社に対する善管義務ないし忠実義務違反による任務懈怠はなく、悪意も重大な過失もない。

(三) 本件取締役会の決議

(1)  本件諸問題<2>について

<一> 恒雄は、生前、その長男であり訴外会社の元取締役(昭和五七年七月以降常務取締役)である原告嘉通と共謀のうえ、恒雄及び原告嘉通(以下「小泉親子」ともいう。)の利益を図ることのみに専心し、訴外会社の取締役会規定上「一件一億円以上の借入、債務の保証及び重要な担保権の設定、一件一〇〇〇万円以上の投融資、会社と取締役間の自己取引の承認」の事項について、取締役会の決議を経なければならない旨定められているのに、共謀のうえ、これを経ずに、社内のあらゆる手続を無視して次の各件を独断で行った。

<二> 本件諸問題<2>の<ア>の件について

<1> 小泉親子は、共謀のうえ、従来訴外会社と全く取引の実績もない平安閣グループに金五億円を融資することを企て、昭和五九年三月二六日、訴外会社名義で、従来取引のなかった大和銀行八重洲口支店と金五億円の金銭消費貸借契約を締結し、同時に、訴外会社所有の不動産である深川の配送センターをその担保(抵当権)に入れて、訴外会社をして金五億円の借入れをさせた。

原告嘉通は、同年四月九日、訴外会社から協和に金五億円を送金させて、これを無担保で貸付け、もって、訴外会社を危険に陥し入れた。右金五億円は、協和から平安閣グループの愛・平安閣各社に融資された。

更に、同原告は、同月一〇日、協和の事務所で、右愛らが振出した約束手形一〇八通の裏書交付を受け、これに、当時まだ未設立で、設立準備にすら入っていなかったマインド・ヤマトのゴム印と代表者予定印を押捺し、更に、当時の訴外会社東京支店長永井啓之のゴム印と支店長印を持ち出し、無断でその裏書人欄に押捺した。

<2> マインド・ヤマトは、原告嘉通の利益に奉仕するために、同原告を代表取締役として設立された同原告の個人会社であり、訴外会社とは全く関係がない。

<3> 仮に、平安閣グループへの金五億円の融資が、訴外会社の取締役会に諮られたとしても、その承認は得られていない。

右平安閣グループへの融資は、訴外会社の取締役は全く知らず、小泉親子は、同会社の取締役に秘密裡に事を運んだものである。

<4> 右金五億円は、右のとおり、訴外会社から直接協和に貸付けられたものであって、右両者間にマインド・ヤマトが介在していたことはない。

<三> 本件諸問題<2>の<イ>の件について

<1> 小泉親子は、訴外会社の取締役会に諮らずに、訴外会社東京支店長永井啓之のゴム印と支店長印を同人に無断で使用して、昭和五九年五月から昭和六二年二月まで毎月二七日限り金七二万五四〇七円を、三四回にわたってマインド・ヤマトの大和銀行八重洲口支店の当座預金口座に自動引落しの方法で支払う旨の手続をさせた。

<2> 原告嘉通は、これを昭和五九年五月から昭和六一年一〇月分まで(三〇回分)、手続を実行に移させ、訴外会社に合計金二一七六万二二一〇円を支払わせて、同会社に同額の損害を蒙らせた。前記のように、金五億円は訴外会社から直接協和に貸付けられたものであり、したがって、右月額金七二万五四〇七円は、本来訴外会社が取得すべき性質のものである。

<3> マインド・ヤマトと訴外会社との間に、右月額金七二万五四〇七円の支払契約があったとしても、右は、マインド・ヤマトに利益があるだけで訴外会社に不利という利害の衝突する取引であって、マインド・ヤマトの代表取締役でありかつ訴外会社の常務取締役である原告嘉通のした自己取引に該当するところ、これにつき訴外会社の取締役会の承認はなされていないから、右契約は無効である。

<四> 本件諸問題<2>の<ウ>の件について

<1> 原告嘉通は、訴外会社における自派の勢力の拡大をはかるため、訴外会社の株式相当数を、同会社の取締役の承認を得ずに((有)ヤマト厚生社の取締役会の承認も得ていない。)、当時訴外会社の株式の一時的プール機関であった(有)ヤマト厚生社から、同原告の知人、親類縁者や自派の従業員に譲渡することを企て、いずれも取締役会に諮らずに、まず昭和五八年一二月、(有)ヤマト厚生社が株主であった株式一万一〇〇〇株が同原告の知人の谷水、山際ら、親類縁者宮本ら一二名に対する譲渡が実行され、昭和五九年九月、同じく(有)ヤマト厚生社所有の株式六万二九〇〇株が小泉親子一派である太田、楠田ら三九名に対する譲渡が実行された。

(有)ヤマト厚生社は、訴外会社の自社株を一時的にプールするために昭和五七年一二月二七日設立されたものであるが、同会社設立の真の目的は、訴外会社の役員や従業員が退職したときに、内規に基づき同会社が取得した株式を一時的にプールするための受け皿であって、他の従業員に再びこれを譲渡することにあった。

<2> 仮に、右の点につき訴外会社の取締役会が開催されたとしても、右の株式の譲渡は承認されることはなかった。

<五> 本件諸問題<2>の<エ>の件について

原告嘉通は、訴外会社の正式な手続を経ないで、独断で自己の個人的知人であるエディッツの雨宮に対し、金六〇〇万円を貸与したものであり、単なる契約書一枚で貸与し、訴外会社に損害を与えた。

<六> 本件諸問題<2>の<オ>の件について

原告嘉通は、訴外会社の正式な手続を経ずに、訴外会社が一旦(有)ヤマト厚生社に対し金五〇〇万円を貸与したことにして、同社を介して更に小山万理に同金員が渡ったようであるが、真の受取人も不明な支出をした。

(2)  本件諸問題<1>について

<一> 以下述べるとおり、訴外会社の歴史、同会社の従業員持株制、内規等に基づき、同会社において、恒雄死亡に伴う同人所有の訴外会社株式の買取を要求し得るものである。

<二> 訴外会社は、法人成り以後内紛があり、昭和四一年ころ重高が、内紛の一方当事者であった初田清太郎からその持株を全部買取って紛争を終結させた。重高は、右内紛の反省から、同年一〇月(一二日)、いわゆる株式の譲渡制限に関する規定を定款に設けるとともに、安定株主工作として、当時の訴外会社の取締役であった藤林、小泉、水本、永井の各ファミリーにそれぞれ株式を譲渡した。そして、昭和四二年ころから、恒雄が中心となって、右重高の所有株式を、長年勤務した従業員や功労のある従業員に譲渡することをはじめ、数年後には、徐々に従業員株主が増加した結果、現在では同会社の八〇数パーセントの株式を同会社従業員が所有するまでになった。

<三> 右従業員持株制は、従業員に訴外会社の利益を配当金として還元させ、これによって愛社精神を高め叱咤激励すること、従業員を経営参加させるとの趣旨で設けられたものである。

<四> 右従業員持株制の導入とともに、これと併行して、同制度の趣旨に則り、訴外会社の当時の社長恒雄の強い指示のもと、同人が中心となって、従業員や役員が退職する際には、その所有株式を同会社の在籍者に返還すること、したがって、同会社外に株式が流出することを避けるため、株券用紙一切を同会社が預かること、株主は株券の交付請求をしないこと等の内規が定められた。

<五> そして、従業員のうち株式の購入希望者に対し、当初重高から、当時の時価でなく額面金額で株式が譲渡され、各譲渡の際には預り証が発行され、右内規の趣旨を伝達し、譲受人の同意を得ており、以後原告らも含めて各株主も、それを十分承諾のうえ、右内規に基づいて株主となってきた。

<六> 訴外会社のこれまでの退職者に対しては、全て右内規が実行されてきた。

<七> よって、原告らや恒雄は、訴外会社の株式を取得した際、原告らと同会社との間に、恒雄や原告らが同会社の役員または従業員の身分喪失を条件として、その所有株式を同会社またはその斡旋する者に額面相当額で譲渡する旨の黙示的契約をしていたということができる。

<八> 前記の訴外会社の従業員持株制の目的、内容、従業員に対する利益配当額の程度などからみて、右<七>の契約は、商法二〇四条一項の趣旨に反する無効のものとはいえない。

(3)  本件退職慰労金額について

訴外会社における退職役員に対する退職慰労金支給事例と支給基準については、昭和五八年二月退職した取締役出島淳男の退職慰労金算定に際し、当時社長であった恒雄が提唱し、取締役会において、「取締役の退職慰労金の算定については、従業員の退職金の二倍を基準とし、これに諸種の事情を斟酌して適当な加算を行う」との申し合せを行った。

そして、右出島につき、恒雄自ら次のような算定を行い、右出島の功労を考慮して加算をし、結局その金額は金一〇〇〇万円と決定された。

(算定方法)

従業員退職金規定による退職金×二-(取締役就任時に受領した従業員としての退職金)+(加算金)

本件退職慰労金の金額の算定についても、本件取締役会は、右算定方法に従い次のとおり算定した。(恒雄は、昭和二六年五月入社、同三五年九月取締役就任。)

一〇万三〇〇〇円×四八・一二×二-九〇万三二〇〇円(従業員退職金額)=八一九万五四〇〇円

そして、右に本件株主総会における株主の意見、同人の功労等を斟酌して加算を行い、結局金三〇〇〇万円と決定されたものであり、右金額は殊更低く定められたものではない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  同2(一)の事実中、恒雄が、経理部長になったとの点を除き、原告ら主張の役職を担当してきたこと、訴外会社の目的、成立時期については、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、恒雄は、昭和二五年六月訴外会社に入社し、昭和三五年に取締役に就任後、原告ら主張のとおり経理部長の業務も担当したことが認められる。

三  同2(二)の事実中、原告ら主張の日に本件株主総会が開催され、同総会において、恒雄の退職慰労金に関し決議がなされたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右株主総会において、昭和六〇年一月死亡した恒雄及び同総会終結をもって訴外会社の取締役を退任する原告嘉通に対する退職慰労金の贈呈する件が議場に諮られたところ、出席株主から、「以前の五億円の不正融資問題や取締役会に諮らずに同会社株式を社外に流出させたこと、不正融資に対して担保の提供を実行していないことなどにつき退任取締役の責任を追及し、それを勘案して退職慰労金を算定するよう」提案があったこと、議長は、「右意見を拝聴し、慎重に配慮のうえ、取締役会で金額、時期、方法等を決定したいので、取締役会に一任されたい。」旨述べて議場に諮ったところ、全員これを承認したことが認められる。

右事実によれば、本件株主総会では、死亡退任する恒雄の退職慰労金につき、「右不正融資問題等を慎重に配慮のうえ、支給の額、時期、方法等を決定することを取締役会に一任する」旨の決議がなされたものと認めるのが相当である。被告らは、本件株主総会では、恒雄の退職慰労金につき被告ら主張のような恒雄及び原告嘉通のなした不正融資ほかの件につき責任追及をすることを条件として前記金額等の決定をするよう取締役会に一任した旨主張し、<証拠>中には右主張に副う部分があるが、<証拠>の記載に照らしにわかに採用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ところで、株式会社の取締役に対する退職慰労金は、功労金部分も含め広い意味で役員の職務執行の対価と見得るから、商法二六九条(取締役の報酬)が準用される。そうすると、お手盛り防止という同条の趣旨に照らし、本件株主総会の決議のように、退職慰労金の額の決定を取締役会に一任する旨の決議が有効となるためには、退職慰労金の額の決定について取締役会の従うべき一定の基準が存在することが必要である(最高裁二小昭和三九年一二月一一日判決参照)から、本件につきこの点を調べるに、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、訴外会社には、役員の退職慰労金の算定に関する内規はないこと、本件株主総会以前に同会社の退職慰労金支給事例は二件のみであるところ、このうち、第一の事例である、昭和五二年二月取締役に就任し昭和五八年二月実質的に退任した出島淳男取締役に関する退職慰労金の額の算定については、当時社長であった恒雄が、「取締役の退職慰労金額の算定については、従業員退職金規程による退職金の二倍を基準とし、これに在職中の功労を考慮して適当な加算を行う」との基準を提唱し、これに従って同取締役の退職慰労金額は一〇〇〇万円と定められたこと、右一〇〇〇万円中、従業員退職金規程により算出された金額の二倍から、取締役就任時に受領した従業員としての退職金を差し引いた金額は、金五二六万一六〇〇円であり、功労加算割合は約九〇パーセントとなること、右算定方式自体が訴外会社の取締役会で正式に決定されたことはないが、そのころ開催された株主総会において、恒雄から、右算定方式に基づく出島取締役の退職慰労金の支給が提案され、これが同総会において承認されていること、同じく、昭和三五年取締役に就任し、右出島取締役の退任後まもなく退任した、藤林重治取締役に対し支払われた退職慰労金の額は金二〇〇〇万円であるが、これも恒雄が呈案して株主総会の承認を経ていること

以上の事実が認められ、また、前掲各証拠によれば、藤林重治取締役に対する右退職慰労金額の算定自体も右恒雄が呈案した算定方式によってなされたことが推認され、これらの事実によれば、訴外会社においては、取締役の退職慰労金の算定については、前記恒雄の提唱した算定方式が一応基準として存していたものと認められる。

したがって、本件株主総会の決議は、訴外会社に退職慰労金の算定基準が何ら存しないわけではないから無効ではない。

四  右認定した事実によれば、本件株主総会の決議当時訴外会社の取締役であった重高及び被告永井ら四名は、取締役としての善管義務ないし忠実義務に基づき、訴外会社に対し、同決議に従って、同会社の前記退職慰労金の算定基準に則り、これに定めた従業員退職金規程による基準額に、恒雄の業績、功労の度合、過去の支給事例、並びに右決議で考慮すべきものとされた事情等を考慮した合理的裁量によって算出した功労加算金を加えて、恒雄の退職慰労金を算定し、その支給時期、方法を定めるべき義務が生じたものというべきである。

五  請求原因3(二)の(1) の事実(重高及び被告永井ら四名による本件取締役会の決議)及び訴外会社が原告らに対し、恒雄の退職慰労金を支払っていないことは、当事者間に争いがない。

六  そこで、本件取締役会の決議で定められた恒雄の退職慰労金の額金三〇〇〇万円が不法、不当に低額なものであるとの原告らの主張について検討する。

1  恒雄が訴外会社の取締役に就任以来死亡退任するまでの勤務年数、担当業務等は前記のとおりであり、<証拠>によれば、訴外会社は、恒雄が取締役に就任した昭和三五年当時、支店はなく、営業所が六か所で、従業員数約一五〇名であったが、恒雄の死亡退任当時までには東京、大阪に支店をもち、営業所は二一か所に増え、従業員数も約四六〇名を数えるに至り、売上げもこれに応じて増額し、発展の一途を辿り、京都におけるマネキン業界における大手三社の一つにまで数えられるに至ったこと、恒雄は、経理部長、総務部長、営業部長を歴任し、会社業務全般にわたって功績をあげ、昭和四八年ころからは、当時の代表取締役社長であった重高が病気がちだったことから、実質的に社長の役割を果し、昭和五二年代表取締役社長に就任して以降死亡退任まで代表取締役の地位にあって訴外会社の発展に寄与したこと、

訴外会社の創立者で、同会社の代表取締役、会長等の地位にあった重高は、昭和六二年一一月二三日死亡退任(死亡時は代表取締役の地位にあった。)し、同人に対する退職慰労金は、金九〇〇〇万円を支給することが定められているが、右は本件取締役会の決議後に、しかも退職慰労金額を自由に定め得る株主総会が定めたものであること、以上の事実が認められる。

2  ところで、<証拠>によれば本件取締役会は、恒雄の退職慰労金の算定を、前記恒雄の提唱に基づく基準に従い、まず従業員退職金規程による基準額を次のとおり金八一九万五四〇〇円と算定したこと、すなわち、恒雄が従業員として昭和二六年五月入社し、昭和三五年九月取締役に就任し、昭和六〇年一月死亡した事実をもとに、

計算式 一〇万三〇〇〇円(本給の最高金額)×四八・一(勤務年数三四年に対する従業員退職金規程上の支給率)×二-九〇万三二〇〇円(従業員退職時に受給した退職金額)=八一九万五四〇〇円

のとおり算定したこと、そして、恒雄の取締役としての在任期間、功労、前記退任取締役出島淳男、同藤林重治らに対する退職慰労金額等を考慮して功労加算(加算率約二六〇パーセント)を行い、恒雄の退職慰労金額を金三〇〇〇万円と定めたものであることが認められる。

右認定したところによれば、右取締役会が決定した金三〇〇〇万円という金額は、その算定方法が前記訴外会社の算定基準に則ってなされたものであること、裁量による功労金の加算も、従業員退職金規程によって算出された基準額に対する加算率も過去の支給事例のそれと均衡を失しているとはいえないことなどから不合理なものとは認められない。

なお、<証拠>によれば、本件株主総会の決議により、恒雄の退職慰労金の額等の決定について考慮すべきものとされた恒雄及び原告嘉通の不正融資等については、本件取締役会の決議では、右退職慰労金支給の条件と定めたため、右金額の算定に当りこれを斟酌していないものと認められる。

3  原告らは、恒雄の退職慰労金の額は金六〇〇〇万円を下らない旨主張し、これを前提に、本件取締役会の決定した前記金額がことさら低額に定められた旨主張する。

しかし、原告ら主張の右金額の算定根拠は抽象的、一般的なものにとどまり、恒雄の退職慰労金の額が金六〇〇〇万円を下らないとする具体的算定基準については何ら主張、立証はない。

前記認定事実によれば、本件株主総会は、恒雄の在任期間、功績その他原告ら主張のような諸事実から割り出される一定の基準というそれ自体抽象的な基準に基づいて右金額の決定をすることを取締役会に一任したものと解すべきではなく(もしそうであれば、前示のように、かかる株主総会の決議自体許されないということになる。)、他方、同株主総会の決議において、恒雄の功績に対応する功績度率を定めたものでもない。また、前記認定によれば、訴外会社における退職慰労金額算定について存在する恒雄提唱にかかる前記算定基準においても、従業員退職金規程に基づく基準額以外には、功労加算金算定の裁量の幅として、一定の下限率が定められているわけでもないから、恒雄の退職慰労金額の算定につき功労加算金の最低限度額が算出される仕組みになっているものではない。

そうすると、恒雄の退職慰労金額が金六〇〇〇万円を下らないとする原告らの前記主張は、その根拠を欠き、採用できないから、本件取締役会の定めた前記金額三〇〇〇万円をもって、ことさら低額に定められたものとすることはできない。

よって、重高及び被告永井ら四名が本件取締役会において前記退職慰労金の金額を決議したことをもって、右決議をした取締役らの職務解怠に該るということはできない。

七  次に、本件取締役会の決議が、理由のない支給条件を付したことにより、不法、不当であるとの原告らの主張につき以下検討する。

1  本件諸問題<2>のア及びイの件(五億円の不正融資及びマインド・ヤマトに対し毎月金七二万五四〇七円の支払を行っている件)

(一)  <証拠>によれば、次の事実が認められる。

(1)  訴外会社では、昭和五七年一二月一五日制定の取締役会規程上、「取締役会の決議は、取締役の過半数が出席し、出席取締役の過半数をもって行い、可否同数のときは議長がこれを決する(第七条)。一件一億円以上の借入、債務の保証、及び重要な担保権の設定、一件一〇〇〇万円以上の投融資、会社と取締役間の自己取引の承諾については、取締役会の決議を経なければならない(八条)。」旨がそれぞれ定められていること、原告嘉通は、昭和五七年七月以降同六〇年七月退任するまで訴外会社の常務取締役であったこと、マインド・ヤマトは、昭和五九年四月一八日、建築の企画設計施工管理、室内インテリア商品の販売及びリースほかを目的とし、原告嘉通を代表取締役として設立された株式会社であり、同年八月三一日業務目的が一部変更されるまでは、業務目的の一部、すなわち「建築、内装施工」という点で訴外会社と競合していたこと、マインド・ヤマトは、原告嘉通個人が実質上全額出資し、その取締役は、同原告個人の人脈の者がなり、訴外会社の関係者は名目上も実質上も全く参加しておらず、実質的には同原告の個人会社であること、

(2)  原告嘉通は、昭和五九年三月上旬、マインド・ヤマトの設立準備に入り、設立後の同会社の受注をはかるため、平安閣グループに金五億円を融資する計画を立てたが、マインド・ヤマト名義では融資資金の調達ができないため、訴外会社の代表取締役社長の恒雄と相談し、当初、「訴外会社が大和銀行から年六・八パーセントの割合による利息で金五億円を借り入れ、これを、平安閣グループのコンサルタントである訴外伊藤寿永光が代表取締役をしている協和に対し、年利七・八パーセントで貸与し、協和から最終的に平安閣グループに融資する。」との話になったが、その際、設立準備中のマインド・ヤマトの開業及び開業後の営業経費を捻出するため、原告嘉通の要請で、同原告、恒雄及び前記伊藤らが協議した結果、協和に同会社の支払う金利を前記年七・八パーセントよりも約三パーセント上げてもらうことにして、金五億円をマインド・ヤマトが訴外会社から年利七・八パーセントの利息で借り入れ、これをマインド・ヤマトが協和に年利約一一パーセントで貸与し、これによって、同金利のうち訴外会社が支払を受ける金利年七・八パーセントを超える金利分を、同会社と協和との間に介在するマインド・ヤマトが取得するとの合意が成立したこと、そして、恒雄は、同年三月二六日、訴外会社を借主として、従来同会社が取引のなかった大和銀行八重洲口支店と、金五億円を年利六・八パーセントで借り入れる金銭消費貸借契約を締結し、その際、右契約上の債務担保のため、訴外会社所有の不動産である深川の配送センターに抵当権を設定し、同会社をして金五億円の借入れをさせたこと、原告嘉通及び恒雄は、同年四月九日、訴外会社から協和に対し、金五億円を直接送金させ、同金員をマインド・ヤマトに無担保で貸付け、右金五億円は、マインド・ヤマトからこれを借り受けた協和を介して最終的に、平安閣グループの株式会社平安閣二社及び株式会社愛らに融資されたこと、同年四月九日当時、マインド・ヤマトの定款も作成され、発起人組合は成立していたこと、

(3)  右訴外会社の融資については、当時から同会社取締役で東京支店長であった被告永井や取締役会長であった重高らに対し、事前に知らせずに行ったものであり、もとより取締役会に諮られていないこと、右金五億円の最終融資先である平安閣グループの平安閣二社及び愛らがその決済のために、協和を受取人として約束手形合計一〇八通を振り出し、同手形には、協和、マインド・ヤマト、訴外会社の順に裏書がなされているが、訴外会社の裏書は、当時同会社の取締役東京支店長永井啓之名でなされているところ、この裏書は、原告嘉通が恒雄の了承のもとに、右永井に無断で、その記名印及び支店長印を用いて作成したものであること、

(4)  ところで、前記平安閣二社及び愛の振り出した手形一〇八通は、協和を介しマインド・ヤマトに交付されたが、同手形は、同会社が訴外会社に返済すべき元利金額(元本及び年七・八パーセントの割合による利息)とマインド・ヤマトが利息として取得することになっていた前記金利分との合計額が手形金額となっていたため、マインド・ヤマトが訴外会社に右手形を交付すると、マインド・ヤマトの取得すべき金利分だけ過払いとなることになったこと、そこで、恒雄と原告嘉通は、協議の結果、手形を切り直す手続と費用とを省くため、右手形はそのまま訴外会社に交付し、右過払いとなる分を、昭和五九年五月から同六二年二月まで三四回分割でマインド・ヤマトの銀行口座に振り込んで支払うとの手続をすることになったこと、そして、マインド・ヤマトは、昭和五九年五月から同六一年一〇月まで右方法により右分割支払金の三〇回分合計金二一七六万二二一〇円の支払を受けたこと、前記訴外会社が融資した金五億円及びこれに対する年七・八パーセントの金利は、昭和六二年三月二五日までに前記手形が決済されているが、本件取締役会の決議当時未だ一部が未済であったこと、

以上の事実が認められる。

被告らは、訴外会社は、前記金五億円を協和に対して貸し付けたものである旨主張するが、訴外会社が金五億円を直接協和に送金したこと自体は、前記認定した事実によれば、訴外会社及びマインド・ヤマト間の貸借、マインド・ヤマト及び協和間の貸借がいずれも同時期に行われるものであるため、マインド・ヤマトへの送金手続を省略したと認められるから、前記認定と矛盾するものではなく、また、協和への融資につき訴外会社のみが回収の点で危険を負っていたことも、恒雄及び原告嘉通の身分関係に徴し、必ずしも不自然ともいえず、マインド・ヤマトの発起人組合は、昭和五九年四月九日当時既に存在していたとの前記事実等に照らし、右主張は採用できず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実によれば、原告嘉通及び恒雄は、共同して、取締役会の規程八条に定められた取締役会の承認を経ずに、金五億円の借入れをし、かつ、右金員を無担保でマインド・ヤマトに貸与し、もって、訴外会社を危険に陥し入れたということができる。そして、本件取締役会の決議当時、右金五億円の元利金は、一部未回収の状態であったから、同決議において、恒雄の退職慰労金支給につき右金五億円の貸付金の解決を条件としたことは、合理性がない不当なものとは認められない。

しかしながら、前記認定のとおり、訴外会社右金五億円の融資については、その元利金が昭和六二年三月二五日完済されているのであるから、同日をもって右融資の件は解決されたというべきであり、その後においてこれを恒雄の退職慰労金支給の条件とすることは合理性を欠き不法、不当というべきである。

(三)  また、前記認定事実によれば、恒雄と原告嘉通との間でなした訴外会社がマインド・ヤマトに対して前記毎月金七二万五四〇七円宛支払う旨の約束及びこれに基づくマインド・ヤマトに対する支払は、本来協和からマインド・ヤマトが受けるべき金利分が、訴外会社に理由なく入金されることとなったため、この返還をするための支払約束及びその実行であって、訴外会社に損害を与えることのない債務の弁済に該当し、したがって、右につき訴外会社の取締役会の承認は必要ないものと解される。

そうすると、本件取締役会の決議において、右分割金の支払を行っていた件の解決を恒雄の退職慰労金支給の条件とすることは、不法、不当というべきである。

2  本件諸問題<2>の<ウ>の件(ヤマト厚生社所有の訴外会社株式を社外に流出させた件)について

(一)  <証拠>によれば、訴外会社では、同社設立後、同会社の創業者である重高と訴外初田清太郎との間の内紛が一時期続いたが、昭和四一年ころ、右初田の株式全部を重高が買い取って内紛が終結したという経緯を辿ったことから、同年一〇月、株式の譲渡に取締役会の承認を要する旨、定款をもって定められたこと、また、重高は、安定株主工作として、重高の持株の一部を、重高、恒雄ほか当時の取締役の各一族にそれぞれ譲渡したこと、昭和四二年ころから、恒雄が中心となって、訴外会社の利益を配当金とし従業員に還元し、従業員を経営に参加させるとの趣旨のもとに、重高の株式を主だった従業員に譲渡して所有させ、従業員持株制度を導入したこと、同会社の従業員株主は徐々に増加し、現在では全株の約八〇パーセント以上の株式を従業員が所有するに至ったこと、(有)ヤマト厚生社は、昭和五七年一二月二七日、重高、小泉親子、被告永井啓之、永井浄裕らが、各金一〇〇万円宛出資して設立された会社であること、訴外会社の株式を所有する従業員や役員が退社する際、株式の流出を阻止するため、当該従業員や役員の承諾のもとに、訴外会社がその所有株式を一時買取り、在籍中の従業員に割り当てることが行われていたことから、右在籍者に割り当てるまで訴外会社が所有することとなる株式の一時的プール機関とする目的で(有)ヤマト厚生社が設立されたものであること、(有)ヤマト厚生社の代表取締役である原告嘉通は、恒雄と相談のうえ、訴外会社において会長である重高を中心とする一派と対立していた小泉親子一派の勢力の拡大をはかるため、昭和五八年一二月、(有)ヤマト厚生社所有の訴外会社の株式一万一〇〇〇株を、原告嘉通の知人、親類縁者らに対し譲渡し、昭和五九年九月、同じく(有)ヤマト厚生社所有の訴外会社の株式二万二九〇〇株を、いずれも小泉親子派三九名に譲渡したこと、右譲渡については、訴外会社の取締役会及び(有)ヤマト厚生社の取締役会に諮ることもなければ、右各社の各取締役に知らせることもなく行ったものであること、訴外会社の前記取締役会規程上、株式の譲渡には取締役会の承認が必要である旨規定されていたこと(第八条)、以上の事実が認められ(右認定に反する<証拠>は、右株式の譲受人が小泉親子関係者に限られていることに徴し、採用できない。)、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告嘉通と恒雄は、共同して、取締役会規程に違反して、(有)ヤマト厚生社所有の訴外会社の株式を、同会社外の者に譲渡したというべきである。

(二)  しかし、<証拠>、弁論の全趣旨によれば、訴外会社は、前記の恒雄及び原告嘉通の行為により(有)ヤマト厚生社から訴外会社の株式を譲り受けた者に対し、株主名簿への登載、株主総会への招集通知、利益配当等をして株主として扱ってきたことが認められるところ、<証拠>によれば、本件取締役会の決議が、恒雄の退職慰労金支給の条件と定めた、「(有)ヤマト厚生社からの株式流出の件を解決する」とは、右流出した株式を(有)ヤマト厚生社に戻すこととの趣旨のものであることが認められ、そうとすると、本件諸問題<2>の<ウ>の件にかかる本件取締役会の決議は、原告らに対し、有効に譲り受けたとされている前記株式の譲受人から同株式を(有)ヤマト厚生社に返還させるというものであるが、恒雄及び原告嘉通に対し(損害賠償請求権ならともかく)このような請求権が発生する法的根拠は認められず、したがって、本件取締役会において、本件諸問題<2>の<ウ>の件の解決を退職慰労金支給の条件としたことは、法律上認められない義務の覆行を条件とするものであって、合理性を欠く不当なものというべきである。

3  本件諸問題<2>の<エ>、<オ>の件(エディッツ及び(有)ヤマト厚生社に対する貸付金の件)について

(一)  <証拠>によると、原告嘉通は、昭和五八年五月、当時訴外会社代表取締役である恒雄の決裁を得て、エディッツに対して金六〇〇万円を貸与したこと、右貸付は、エディッツから、同社がその約半年先に受注する工事があり、その工事の下請を訴外会社に発注するから、それを引当てに金員の融資をしてほしい旨依頼されたことからなされたものであること、右貸付金は、一部返還されたが、その余は、エディッツが倒産したため未回収であること、また、原告嘉通は、昭和五八年六月、訴外会社が訴外株式会社そごう横浜店の内装工事を受注するための裏工作資金として、恒雄の決裁を得て、訴外会社が一旦(有)ヤマト厚生社に貸し付けたことにし、同会社から右そごう本社の関係者柳瀬恒三に金五〇〇万円を貸金名下に交付したこと、なお、右貸付及び支払については、訴外会社の取締役会の承認決議は経ていないが、取締役会規程上、金額の点では取締役会の決議は不要であること、本件取締役会の決議で定められた右各件の解決とは、原告らが右貸付及び支払金を訴外会社に回収させるとの趣旨のものであること、そごう横浜店から訴外会社に対しては、その後金二億円の工事発注がなされていることが認められ、また、右柳瀬から(有)ヤマト厚生社を介して訴外会社に右金五〇〇万円の返済がなされたことを裏付ける資料はない。しかし、右エディッツに対する貸付にかかる恒雄及び原告嘉通の右行為は、前記貸付の目的に徴し、不正ないし不当融資であるとまではいえないから、右両名において、訴外会社に対して、エディッツからの未回収金相当の損害賠償責任が生じていたとまでは認められない。したがって、恒雄の退職慰労金の支給の条件として、原告らが訴外会社のために右未回収金の回収をすること或いは同未回収金相当の損害の賠償をすることを原告らに求めることは合理性を欠き不当というべきである。また、原告嘉通が恒雄の決裁のもとに(有)ヤマト厚生社を介して柳瀬に対しなした支払金については、訴外会社及び(有)ヤマト厚生社間の取引が形の上では含まれている点で取締役会の承認を経ていないことが取締役会規程に違反することとなるが、前記柳瀬に対する支払目的に照らせば、右支払が訴外会社に対し損害を与える不当な行為とは認められないから、原告らにおいて右支払金の回収ないし同額の損害賠償をすべきことを前記退職慰労金支給の条件とすることは合理性を欠き不当であるというべきである。

4  本件諸問題<1>の件(恒雄の株式買取の件)について

(一)  証拠によれば、前記認定したように、訴外会社は、昭和四二年ころから従業員持株制をとってきたものであるが、同会社では、恒雄が中心となって、従業員及び役員が退職する際には、その所有にかかる同会社の株式を、一旦同会社で返還を受け、同会社の在籍者に割り当てることを行うことにより、株式が社外流出しないように処理してきたこと、すなわち、訴外会社は、株券に代わるものとして、すべての株式につき各株主に対し、預り証を交付していたが、右預り証には、「株式は、退職時には原則として会社が斡旋する者に売却するものとし、その場合、会社が譲受人を斡旋し、本預り証と引換えに額面相当額の現金を返戻する。」旨の記載があり、これまで、一、二の例外を除き、退職者は、退職時にその所有株式を在籍者に譲渡すべく、訴外会社が譲渡代金を仮払いしていたこと、そして、恒雄自身が右処理を強力に推進していたこと、本件取締役会の決議は、恒雄の所有していた訴外会社の株式を、同人の死亡に伴い訴外会社が買い取ることを同人に対する退職慰労金支給の条件としているものであること、以上の事実が認められる。

そして、被告ら主張のような内規が存在しており、恒雄と訴外会社との間に被告ら主張のような黙示的合意がなされていたとの被告らの主張に副う<証拠>は、客観的裏付けとなる資料がないし、これに反する原告嘉通本人尋問の結果に対比してたやすく採用できない。また、訴外会社の役員及び従業員にのみ、訴外会社の資格が認められていたとの被告らの主張も、原告嘉通本人尋問の結果に照らし採用の限りではない。

(二)  そうすると、恒雄の所有していた訴外会社の株式を同会社が買取ることにつき原告らにおいて応じるべき義務はない。のみならず、恒雄が前記処理の提唱者及び推進者であったにせよ、そもそも、恒雄の職務執行の対価及び功労金の性質を有する退職慰労金の支払、支払時期、方法等と従業員持株制の趣旨を徹底させるために行われるようになった右処理とは関わりがない別個の事柄なのであるから、原告らが右株式買取に応じることを右支給の条件とすることは不合理であって不当なものというべきである。

八  ところで、本件株主総会の決議が、本件諸問題<1>、<2>の解決を条件としたと認められないことは、前示のとおりであるが、本件退職慰労金の支払方法、時期等につき一任された本件取締役会としては、合理性のある条件を右支給に付することは許されると解するのが相当である。そして、右認定したところによれば、本件諸問題<1>及び<2>の<イ><ウ><エ><オ>の各件は、いずれも合理性のない不当なものであるから、これを支給の条件とすることはできないというべきであるが、同<2>の<ア>の解決を条件としたこと自体は、合理性があり不法、不当ということはできない。

しかし、右<2>の<ア>の件については、前記認定によれば、昭和六二年三月二五日までに元利金とも完済されたのであるから、右件の解決がなされたと認められる。

九  ところが、<証拠>によれば、本件取締役会の決議は、本件諸問題<1>、<2>の全てが解決されない限り、恒雄の退職慰労金は支給しないとの趣旨でなされたものであり、そのため、訴外会社は、前記金五億円の融資につき完済がなされた後に至るも、支給の条件が成就しないとして支給の時期、方法を定めず右支給を一切拒んでいることが認められる。

一〇  そうすると、本件取締役会の決議をした取締役である重高及び被告永井ら四名は、取締役としての、善管義務ないし忠実義務に基づき、訴外会社に対し、恒雄の退職慰労金につき前記四項記載のとおり、支給時期、方法等を定める義務があるのに、前記認定の不法、不当な条件を付し、これを怠ったものといわざるを得ないから、右重高及び被告永井ら四名には任務懈怠があるというべきである。

そして、<証拠>によれば、本件諸問題のうち、少くとも同<1>の件については、これを恒雄の退職慰労金支給の条件とすることが合理性のないものであることをわずかの注意を払えば容易に知り得たことが認められるから、右重高及び被告永井ら四名には少くとも前記職務の懈怠につき重大な過失があるものと認めるのが相当である。

一一  右認定してきたところによれば、原告らは、本件諸問題<2>の<ア>の件が解決した後の昭和六二年三月二六日、前記算定にかかる退職慰労金三〇〇〇万円を法定相続分に従ってそれぞれ支給を受け得る権利を取得したというべきであるところ、前記のように、訴外会社は本件取締役会の決議に基づきその支払を拒んでおり、原告らは右相続分に応じた恒雄の退職慰労金の具体的請求権の行使ができない状態にあると認められ、したがって、原告らは、重高及び被告永井らの前記任務懈怠により、右権利を侵害され、同権利(原告あやにつき金一五〇〇万円、その余の原告らにつき各金五〇〇万円)相当の損害を蒙っているということができる。

一二  ところで、原告らは、本件株主総会の決議後約一〇か月も恒雄の退職慰労金の額、支払時期、方法等につき決議をせずに放置していたこと自体に、重高及びに被告永井らの任務懈怠があり、これにより、原告らが恒雄の退職慰労金の各法定相続分相当の損害を受けた旨主張するが、退職慰労金請求権(抽象的請求権)そのものは、定款で定められていない限り、株主総会においてその金額を定めたとき、または、株主総会の決議で額の算定が取締役会に委任された場合には取締役会でその額を算定したときにはじめて成立するものであるから、それ以前に一定の退職慰労金請求権が成立していることを前提に、右請求権の侵害による前記損害賠償請求権が生じたとする原告らの前記主張は採用できない。

一三  以上によれば、被告永井ら四名及び被告藤林は、商法二六六条の三、第一項に基づき、連帯して、被告永井ら四名及び重高の前記重過失による任務懈怠により原告らが蒙った前記損害及びこれに対する昭和六二年三月二六日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきである。

一四  よって、原告らの本件請求は、前記認定の限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないから却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田多喜子)

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